千円で行けるディストピアーQBハウスー

最近の僕の金ない具合は誠に危機的状況に達していて、昼ごはんは毎日コンビニのスティックパンのみという生活を送っている。スティックパンといえば大学時代にすら「貧パン」と呼ばれていた代物でとても30歳男性が公園でパクついていて良い代物ではない。スーツを着ていなければ割とやばい人だし、もし僕が親なら子供の目に触れないようにガードするだろう。社会に絶望させないために。

世の中の一般的な絶望を見にまとってしまうくらい僕は今、お金がないのだ。

でも、髪は伸びでくる。頼んでもいないのに延々と。

髪が伸びたら切らないといけない。髪がボサボサな30歳男性が公園でスティックパンをパクついていたら、なんらかの罪に問われてしまう気がする。

僕は普段は4000円くらいする街の美容室に行くけれど、それは叶わぬ夢。40スティックパン(240本)に相当する価値のある場所なんて今の僕には存在しない。

ただ、髪は切らねばならない。もうすでに僕の髪は社会的に「まともな人」と扱われるギリギリなのだ。

 

というわけで、初めて千円カットを利用することにした。

千円カットといえば、昔こそ怪訝な顔をされる場所だったが今は「時間のないビジネスマンのために!」的な売り出され方をされ、街中のいたるところに出店している。

もう大丈夫だろう。

30分のネットサーフィンの末選んだのは近所にある「QBハウス」。千円カット界では有名らしく、僕も何度も見かけたことがある。あの信号機の様なランプが屋外に露出しているお店だ。

千円カットに予約はいらない。すぐに僕チャリで(バス代が無いので)QBハウスへ走り出した。

あっという間にお店の前。曇りガラスで中は見えない。なぜ?普通の美容室ならクリアなのに。ちょっと躊躇する。しかしながら、僕には「QBハウスで髪を切る」という手段しか残されていない。常連を気取って飛び込む。

 

店内はカット台が3席と待合室、シャンプー台は無い。狭い。普通の美容室の待合くらいのスペースしか無い。ただ、そんな事より気になったのは臭いだ。

本当の意味での人間臭ささ、つまり動物臭さが漂っていて思わず「うっ」となる。髪の毛本来の臭いと、「千円カットの常連」という割と不名誉なステータスの人が発する無頓着ゆえの臭気。芳香剤の類は一切無い。

ああ、なるほどココは「髪を切るだけの箱」なのだな。

料金は前払いチケット制。発券機も古いゲームセンターに置いてある両替機のような無骨なもの。世の中にはチケット制にして良いものと悪いものがあって多分、美容室は後者だと思う。この得体の知れない惨めさはなんだ。

店内は混んでいた。チケットを買って待合席(パイプ椅子?)に座る。椅子に番号が振ってあるベルトコンベアー方式で僕は4番目。おそらく30分は待つので僕はずっと店内を見ていた。

美容師は3人。誰もが無言。中でも1人は(社会人ギリギリの)僕よりも頭はボサボサで口にはマスクという、ハサミを持つのも社会が許すかどうかという風体だ。それでも、手元は素早く正確にお客さんの髪を切っている。

ああ、彼は職人なんだな。羊牧場とか養蚕場にいる類の。

1人にかかる時間は15分前後で誰もが機械的に素早く作業をこなしている。後処理もとても機械的で、切り落とした髪はガラス台の下に集められては、床に吸い込まれていく。おそらく掃除機の様になっているのだろう。それを見て僕はなぜか「ああ、あの髪はきっと地下にあるバイオプラントかなにかに集められて、再加工されて僕らの食卓に並ぶんだ」という風に思った。

そうこうしているうちに、僕の番。幸い、あの職人では無い。簡単な説明をした後、やはり15分ぐらいで終始無言でカットは終了。

 

出来上がりは4000円の美容室と全く変わらない、素晴らしいものだった。

 

でも、だとしたらこの虚しさはや惨めさはなんだ。なんとなく僕の心のデリケートな場所に土足で侵入されて、勝手に掃除された感がある。まあ確かに綺麗にはなっているんだけけれど。

 

 今まで気がつかなかったけれど、「髪を切る」という行為はとても人間的な営みなんだろう。髪のカットなんて動物には必要なく、それは少し大げさに言うと人間の尊厳的なものにかかってくると思う。「髪は女の命」なんて魂すら託すわけで。

心とほぼ同じ。

だから、一般的な美容室は過剰なまでに雰囲気やサービスを重視する。もしかしたら美容室の美容師が、やたらろくでもない話を振ってくるのは人の髪を切る上でのマナーなのかもしれない(過度に盛り上げるのはやめてほしいけれど)。

つまりは髪を切るということは未だに人の心に踏み入るにあたっての儀式としての側面を持っている。

にもかかわらず僕の行ったQBハウスには全くそういう儀式がなかった。

ひたすら機械的に「生物に存在する黒いタンパク質の塊」を除去する作業をひたすら延々と続けていた。

この辺りが、僕が惨めさや虚しさを感じてしまった理由だろう。人として扱ってくれと。

 

もちろんQBハウスを含めた千円カットは普通の美容室とコンセプトが違うのだから、それを批判も否定もしない。

 

ただ、僕はもう行きたく無いかな。いっぱいお金、稼がなきゃ。