諦めムードの優しさ

僕は学生時代、とある中規模駅近くの喫茶店でバイトをしていた。そう、タバコの煙と高いコーヒー、テーブル上には保険資料、でおなじみのあの喫茶店である。

そこでは、たびたび誰もが「もうどうでもよくなってる」状況がおこった。

電車が止まってしまった時だ。

中規模駅といっても所詮田舎だから、その駅を走っている電車が止まってしまうとほとんどの人は都に出られない。特に朝に止まってしまったら大変だ。

長丁場になりそうだと感じるやいなや、出勤前のパリッとスーツの会社員が、大挙して僕が働いている喫茶店に来る。

もちろん、こっちは電車が止まることを想定してシフトを組んではいないから、ホールキッチン計2名で大量のお客さんをさばかなくてはならない。

でも、僕はバイトをしていてこの状況が一番楽しかった。

こんな時、たいていのお客さんは「おうおう、そんなに焦らなくてもいいよ」なんて言って、優しいのだ。そして、早速くつろいで新聞なんかを読み始める。

完全な諦めムード。

一方僕らも、どう考えたって2人で大量の客をさばけるわけないから、まあ仕方ないやと落ち着いてテンパることもなくコーヒーを入れる。

こちらも完全に諦めムード。途中でお客さんと会話なんかしちゃってね。忙しいのに。

 

もう店内に「いや、ほら別に俺らの責任じゃないけど、こーなっちゃったら仕方ないよね?」という甘い雰囲気が満ち満ちていて、本当に心地よい。

僕はそういう退廃的で平和な雰囲気が大好きだった。

 

最近、日本もいよいよ緊迫感を増してきたけれど、緊張の糸が振り切れて、逆に平和になったりはしないものだろうか。安定した退廃。平和的荒廃。

そういう世の中であれば僕は喜んでおじいちゃんに席を譲れると思う。

 

久々にヨコハマ買い出し紀行が読みたくなった。

 

ヨコハマ買い出し紀行 1 新装版 (アフタヌーンKC)

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